「ねっと君臨問題」

「ネット君臨問題」が明らかにしたもの(前編)
http://it.nikkei.co.jp/rd/rd.aspr?s=IT&g=ba&n=MMIT11000008022007
「ネット君臨問題」が明らかにしたもの(後編)
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT11000022022007

割と以前からこういう問題はあって、こういう指摘もあったように思う。
「ネット君臨問題」っていう、格好の「材料」があったかどうか、という違いくらいしかない。

一番気になったのは、"「本当のこと」は読者が判断"する、というくだり。

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リテラシーの高い読者は、新聞の連載を読み、取材された側の反論を読み、
さらに、この問題について言及しているブログや記事を読み、総合的に判断
して結論を導き出す。「本当のこと」が何なのかはプロの記者ではなく、読
者が判断することなのだ。
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自分の現状の生活で、こんなことはちょっと出来ないと思う。
「本当のこと」を記事やコラムからみつけだすのは、結構大変な作業だろう。

コラムの内容は面白いのだが、この内容を突き詰めていったとき、たどり着くのはやはり
クローズドな世界になるような気がする。

某庵野シンパな人向けに

久しぶりの更新になります。
といっても、長々と書くネタや構想力があるわけではないので、とりあえず、という感じです。
でもまあ、アクセス解析を見る限り、来る人は激減してますね。それが凄く安心というか。
目指せローカルの星、見たいな感じで。

個人的に、2006年とか「トルシエとジーコ」は、終わってから経過した時間も踏まえて言えば、「区切りをつけずにもういいや」でよいと思ってるんですよね。多分、それではダメで、何処かで区切りをつけたい、と思うのはボク自身の心の中の問題でしょう。少しだけテクニカル・レポートに触れるとすると、あれは「将来的にどうする」という指針という点でスッキリしないもので、前回2002年に比べるとどうなんだ、と思うんですが、この4年間の結果としての世界の傾向分析はある程度理解できるものだし、それを(ものすごく)踏まえて単なる分析資料として読めば、日本代表についての部分も何とか理解できなくもないかな、と。

4年間、「ラインを上げるのか、下げるのか」みたいな議論は、ある種「鎖国か、攘夷か」みたいな概念的な議論でしかない思うんですよ。それこそ、2006年のワールドカップが終わった後でさえ続いていたみたいだし。でも、そういう「ラインを上げるのか、下げるのか」みたいな概念的な議論は、ボクの中ではあまり価値を持っていなくて、もうちょっと実践的というか、「どうやって構築するのか」って事の方が気になる。つまり「国としてやりたいことはこうなんだけど、今の現状を考えたらまずはこうしてしのぐ」とか、「徐々にペースを持っていくためには」みたいな、時間軸の線をしっかり引いたプロジェクトを回転させるための構想というか。
この辺をジーコは巧く伝えられなかったのか、伝えるつもりがなかったのか。
例えば、フランスなんかと比べて明らかに違うのは、こういう構築力の部分だと思います。行くのか、下げるのか。どこへ寄せるのか、どこを潰すのか、その辺を徹底した結果が全体の形として整理されていく。全体像のイメージはもちろん大事なんですが、個々の徹底で構成されていくことも必要だと思います。

プロジェクトと似てますね。

テクニカル・レポートをめぐる話

masujimastadium.com
「ドイツW杯 日本代表テクニカルレポート」

Iza サッカー番記者ジャーナル
「協会さん、そりゃないよ!」

サポティスタに貼られていたので見に行ったこの記事についてちょっと。
サポティスタでは、「内容がないよう」とキャプションがついていたけれど、コラムの中身を読んで内容がないのはむしろ記者の方だと思える。
上記のリンクを読んでまずわかるのは、サッカー協会からメディアにリリースが出た
イベントの内容は「テクニカル・レポートの説明会」ではなく、「"2006FIFAワールドカップドイツ オフィシャルライセンスDVD JFAテクニカルレポート"という商品の概要説明会」だった、ということ。
Izaの方の記事で

ドイツW杯で技術委員会が何を感じ、今後、日本サッカーをどうすべきか、が聞ける場、と考えますよね?だから、多くの記者が会場に集まった。

ところが・・・。

会場で配られたのは「2006FIFAワールドカップドイツ オフィシャルライセンスDVD JFAテクニカルレポート 商品概要」と書かれたリリース1枚。

おいおい。

と書かれている。
「おいおい」という気持ちはわかるが、配布資料を見れば「商品概要説明会」と書かれているわけで、「誤解されるようなリリースを出したJFAへの不満」程度の話で、そんなのはメディアリリースの中ではしょっちゅうあることじゃないだろうか。
まあ、いずれにせよこのイベントの内容は「テクニカル・レポート詳細説明」ではなく、「テクニカルレポートという商品の概要説明会」だった、ということ。つまり、この日の説明会で「あのワールドカップを検証した内容がわからない」というのは、むしろ当たり前。だってそれは商品の中身そのものじゃん。
masujimastadium.comでは、「商品概要の発表会」と「分析できないからこそ、重要なもの」に分かれています。前者についてはわかりますが、後者はなにを求めているかわかりません。なぜなら、後者を満たす内容であれば、説明会ではなく講習会になってしまうわけで、必要な時間も違えば、対象とする人間も変わってくるでしょう。少なくとも、"メディアの人間だけ"ではなくなるはずです。「広告を出すための概要説明」と「テクニカル・レポート詳細説明」はまったくの別物でしょう。

数字で分析できない深部にこそ、分析できない分析にこそ、もっとも重要な考察がなされなくてはならないということだと思う (masujima.com)
残念なのは、内部にいたからわかる、選手や監督におきていた、われわれが知りえない「何か」がまったくなかったことでした。 技術、戦術の分析が、少年まで含めた指導の現場で生きることは切に願うところです。 (Iza)

これって、このイベントの内容に対する感想でしょうか。「2006FIFAワールドカップドイツ オフィシャルライセンスDVD JFAテクニカルレポート」っていう商品を確認してこの感想なんでしょうか。前者であればお門違いだし、後者であれば、(上記のコラムを読むと)たった一部が回覧されただけみたいですから、「テクニカル・レポート」の内容をしっかり確認する時間なんかなかったのではないですかね。それとも、回覧に目を通せば近いできちゃうような内容だったのでしょうか。なんか、文章が矛盾だらけじゃないかなあ。

Izaの記者も書いていますが、テクニカル・レポートというのは多くの人にとって積極的に購入するものではないと思います。そういう内容ですから、前回のワールドカップのテクニカル・レポートは一般販売がなく、入手が非常に困難なものだったと記憶しています。サッカー協会に登録している一部の指導者、選手に向けて販売されていたのみだったはずで、自宅のどこかに眠っている、前回大会のテクニカル・レポートは、知り合いを頼んでようやく手に入れたもの。Amazonなどで注文したものではないです。

「6月の勝利の歌を忘れない」のような内容を想像している方が多いようですが、そのような内容ではないでしょうから、そもそも一般人のニーズは少ないと思います(テクニカル・レポートでググって出てくるものを、一つ読むのもいやになると思うけど) 
これについては、いろいろ追記するかもしれません。

日本vsガーナ

オシ爺のチームに数字を当てはめるのはムリだろう。
昨日のフォーメーションを「3-5-2」というのか、「3-6-1」というのか。「4-4-2」という人もいるだろうし、「いや、極端に中盤を厚くした2-6-2」という人もいるかも。JEFの2年目あたりは「3-5-2」と「2-5-3」をいったりきたりしていた形が多かった。
問題なのは、ポジションではなく役割だろう。
「守備時には相手FWに対してマンマークでつく」という仕事があって、それをやった選手が結果的にDFとして認識される感じ。だから、他の選手がマンマークについて仕事がなくなれば、別の仕事を探すしかない。それも結果的に役割が変わり、ポジションが変わる。
例えば、サイドハーフが相手のサイドバックのオーバーラップについた、その結果味方のサイドバックはマークする仕事がなくなった。じゃあ何をするか。センターのケアに入るのか、ボールが奪えそうだから本来サイドハーフがやるべき、「攻撃の基点としてボールを受ける」べく追い越していくのか。もちろん、そのほかの選択肢もあるはずで。
要は、どの仕事が今必要か判断して、それをやる。

ジーコ時代にはそういう「仕事」がよく見えない状態だった。ジーコには「仕事を見つける必要性」を伝える術がなかった(ように見える)し、選手も自分の役割だけを考えていた。逆に、批判する方も「組織としてのルールがない」「最終ラインの高さが決まってない」といったものが多かった。どちらがよい、ということではなく、オシ爺の要求は前者に近いだろう。
前線の選手がプレスをかける。それに対して中盤、最終ラインの選手はできたスペースを埋めていく。あるいは、スペースを埋めきれないから、前線の選手に下がることを指示しながら、整然とラインを下げる。その結果、そのとき必要なラインの高さは勝手に決まっていく。そして、その中で恒常的な高さが設定できるのであれば、それを目安とする。
「何を目的とするか」「そのためにどんな仕事が必要か」
それを考えた結果、今やるべきプレーがある。
だから、センターバックであろうが、攻撃参加するべきときはする、そういうことが要求されるのだと思う。今、この状況で最も効果的なものを投入する、というのは戦略の基本的な考え方だから。

昨日のガーナ戦の後半は、少なくともこういう状況ではなかった。
悪い状況、悪いゲームではなかったと思うけれども、ポジションチェンジをする、流動的に動くこと、が目的となってしまっていて、
「オシム的サッカーをやっていますよ」
というアリバイ的プレーもあった。
イエメン戦で前線に妙に選手が張り付く状況になってしまうのも、「不必要なポジションチェンジ」が選手を前に押し出した結果、渋滞しているからだ(JEFが負けるパターンはこれが非常に多い)
それらは結局、ポゼッションサッカーにおける「(目的のない)漫然としたパス回し」と同じことだ。
以上、まだ時間はかかると思ってはいるけど、少し心配なこと。

変わらない課題

高地のイエメン・ホームでの苦戦は予想されたけど、またか、という試合。
日本は、最終ラインから左右に開くまでのスピードが遅く、距離の長いパスを入れるので、イエメンの守備組織が対応する時間が出来る。イエメンも研究してきたのか、左のサントスは二人で前に壁を作り、右の加地に対しては一人がついてもう一人がカバーと、日本の選手のプレースタイルを意識して守っていたように見えました。いくら日本の基本戦術がスピードとパスワークを活かしていく、とはいえ待ち構えているイエメンに対して同じ手段で何度もチャレンジするのは、ザッパーでバキュラに挑むようなものですから(256発入れれば壊せるかもしれんけどなwww)。もっと他のルートを使えば、今塞いでいるバキュラは消えるかもしれないし、なによりソルを取り損ねますよ。

8ビットの話はこの辺にして日本代表の話に戻すと、監督の引き出しの数、手練手管に差はあるけれども、基本的に日本の課題は「組織力そのもの」ではなく、「引き出しの中身をいかに実践で効果的に使うか」という点で変わっていないなあ、と思っています。ここ最近、迷言と暴言と暴露話に華が咲いている川淵氏ですが、ジーコ路線の継承(どう考えてもオシ爺の引き出しが圧倒的に多いとは思うが)という発言は、あながち間違ってはいない(どれほど認識しているか、は別として)かなあ、と。

何度もこのサイトで書いてきたことだけど、いい戦術ってのはある状況に対して効果的だから、あるいは概ねの場合において効果的だと判断されるから評価されるのであって、同じことを何度もやれば相手も対策を考えてくるわけで、その対策十分なところに飛び込んでいくのは効果的ではありえない。オートマティズムも同じで、(オートマティズムとは)効果的なプレーの集積ではあるけど、ある局面で必ず使うとわかっているなら、もう効果的ではありえない(ネガティブなオートマティズム、とか言われてるみたいだけど)

それを意識したのかどうかわからないけど、動きの多さ、ポジションチェンジなどはどの選手も考えてプレーしてた(うまくいったかどうかは別として)気がします。イエメン戦はとりあえず勝ったわけで、次があるのだから、その辺をどうオシ爺が伸ばすのか、選手はどう受け入れて考えていくのか、楽しみではあるけれども。どうせ時間かかるし。

個人的に、組織自体を作ることよりも、組織がちゃんと動くことの方が重要だと思っています。例えば、組織形態そのものはザックリであっても、プロセス意識がしっかり共有されていれば運用は回ったりします(もちろん、組織がキッチリ規定されていることで、プロセスが固まることもあるとは思うけど)
左サイドとボランチの基本となる連携もあれば、そのポジションでプレーする選手だからこそのオートマティズムもあるはずだし、そこを「いかに効果的、効率的に作っていけるか」、「作り上げたオートマティズムをどの局面で、どんな効果を狙って使うか(もちろん、オートマティズムを使わない、という選択肢もある、ということ)」というのが、最終的な組織レベルそのものも押し上げるのではないか、と思います。
逆に、そういうプロセスを意識できる人間は、組織構成の要点を早くに理解してよいプレーをするんじゃないかな。